感謝するための方法

感謝の気持ち 習慣

記事を読む価値

  • 「感謝すること」に対する認識を再確認できる
  • 心の底から感謝するための方法を知ることができる

今回は、なかなか感謝をすることができない、という人のために書いた記事ですが、日頃の感謝が足りないな、と感じている人も参考になると思いますので、是非ご覧になってください

感謝しろ」と言われてもできない理由

今の人生を変えたいという人の多くは、よく自己啓発書を読んだり、ユーチューブなどで成功している人の動画を視たりするのではないでしょうか。そして、人生を変えるための行動指針として、必ずと言ってよいほど出てくる一つの答えが、「感謝する」ということです。

さて、みなさんは「感謝する」と聞いて、「感謝するってどういうこと?」と疑問に思ったりしませんか?そもそも「感謝する」とは、ありがたいと「感じること」なのか、それとも「伝えること」なのでしょうか?

答えは、両方です。ただし感謝することがなかなかできないという人は、おそらくありがたいと「感じること」ができないのだと思います。このような人は、昔に比べて生活水準が高くなった現代社会の恩恵を相対的に多く享受できている人です。そして、嘘がつけないので、ありがたいと感じないまま「ありがとう」とは伝えられないのです。

ありがたいと感じるためには

ありがたいと感じるための秘訣

花束の贈り物

日常で感謝するような場面はたくさんあると思いますが、その全てを網羅するくくり方をすれば、以下のような言い方になるのではないでしょうか?

・価値をもらった時

例えば、プレゼントをもらった時は、「ものそのもの」やプレゼントを贈ってくれた人の「気持ち」という価値をもらっています。受験に合格した時は、先生の「教え」、家族の「応援」といった価値をもらっています。

「ありがたい」とは漢字で「有難い」と書きます。今回、問題とするのは、これらの価値が「あたりまえのもの」ではなく「有難いもの」であると気づけるかどうかです。

社会の生活水準が高くなると、便利なものは安く買えるようになったり、一般的な家庭でも授業料を払うことは難しくなくなり、「有難いもの」の基準が高くなります。つまり、なかなかありがたいと「感じること」ができない人とは、このような生活水準が高くなった社会の恩恵を相対的に多く享受している人です。(もちろんそれが良い悪いという話ではないです)

つまり、このような人たちが日々ありがたいと感じられるようになるためには、相対的に高くなっている「有難いもの」の基準を下げる必要があります。そこで、その基準を下げる一番手っ取り早い方法を紹介します。

マラソンを完走すべし!

給水所

ズバリ、「有難いもの」の基準をさげる一番手っ取り早い方法は、マラソンに参加して、最後まで走りきることです。一見、何も関係なさそうですが、少し我慢して読み続けてください。(ちなみに、現在は新型コロナの影響で、各マラソンは開催できない状況になっていますが、感謝の本質を伝えたいのでマラソンをとりあげました)

みなさんは42.195kmを走ったことがありますか?一般的に30㎞を超えたあたりから、体が重たくなるといわれています。私も学生時代は陸上の長距離をしていたので、卒業した後に、マラソンに何回か参加しましたが、確かに30Kmを超えたあたりから、予想以上に体が動きませんでした。まるで、足に鉛をつけて走っているかのような感覚で、走っている間は、「無理だ、完走できない…」と思いながら走っていた記憶があります。

しかし、何とか最後まで走り切ることができました。マラソンを走り終わった後、以下のようなもの(人)に、この上ないありがたさを感じました。

・水や食べ物(配給所で支給されるもの)

・応援してくれる人

・サポートしてくれる人

・体が不自由なく動くこと

これらは、日常では当たり前になっている人も多いのではないでしょうか。日本に暮らしていれば、おそらく水や食糧に不自由をしているという人は多くはないでしょう。また、体が思い通りに動かないという人も多数派ではないと思います。(もちろん、世界を見渡せば、飢餓に苦しむ人もいますし、体が不自由な方もいるという事実は忘れてはいけません)

しかし、マラソンを走っていると、配給所の水や食べものがこの上なくおいしく感じます。沿道で応援してくれる人にはこの上なく励まされます。また、ひとたび「マラソン完走」といった目標を掲げると、家族や友人にマラソン完走に向けて様々なサポートを受けることができる人もいるでしょう。

マラソンを走ると、ある種の境地に追い込まれます。人はもともと、一人では生きていけない生き物で、このような境地に追い込まれた時こそ、他者の力を必要とします。

マラソンに出場すると、境地を強制的につくりだし、その境地を、他者の力を借りて乗り越える体験ができるのです。他者の力は絶大で、ありがたさを感じずにはいられなくなるのです。しかし、マラソンで借りる他者の力は、人が生きていく上で必要不可欠なものであり、日常でも気づかない間に借りているのです。

今は新型コロナの影響で今まであたりまえだった日常の生活ができなくなっています。しかし、そのことで、日々の生活の中に眠っていた「有難さ」に気づくこともできます。

日々の暮らしの「あたりまえ」を考え直す良いきっかけだと思いますので、日常の感謝を増やしたい人はこの機会にもう一度振り返ってみてはいかがでしょうか?

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